12月24日(水)、キャンドルライトサービス(クリスマスイヴ礼拝:燭火讃美礼拝)が、礼拝堂において、献げられる。
出演のお一人おひとりはモチロン、点燭、受付、電燈、パソコン操作と、本当に教会の一人ひとりが、心を注いで創りあげた礼拝。
多くの方々が来ていただく事を願いましたが、神さまのみ腕でもって、本当に多くの方々、室町教会初めての方々も、不思議に呼び集められ、主の不思議に愛の宿る出来事を味わうことができました。
「神さまにできないことは何一つない」(ルカ1:37)。そのことが、目の前に起こっていることに、感動しました。
ロウソクの炎の暖かさ、光を味わいながらの聖なる夜の讃美礼拝。イエスの灯火から一人ひとりに与えられているいのちを象徴する炎が分け与えられ、そしてクリスマスの救いが、出演の兄姉のセリフ、聖書朗読、讃美歌によって明らかとなっていく。闇、戸惑い、困難、痛み、弱りの中にこそ、まことのいのちと愛が舞い降りた日―それがクリスマスであることを、こころ震え、実感しました。ただ、神さまに感謝いたします。
先立ちゆく星の光に導かれ、祈りながら、これからの時も歩みゆきたいと願っています。
神さま、導いてください。
12月21日主日。多くの兄姉と共に、クリスマス礼拝を献げる。父ヨセフの悩み・混乱の内にこそ、響くまことの声「インマヌエル」=「神共にあり」「愛共にあること」を聴いた(メッセージ『「愛は共にある」ということ』)。今年は特に、一人の兄弟が洗礼を受けられ、キリスト者の誕生に一同、こころ震わされた。主の食卓に招かれ、聖餐式に与かったのも感謝でした。
礼拝後は、お待ちかねの愛餐会のひととき。今年も司会を吉田長老がしてくださり、愛餐会をユーモアと笑いに満たしてくださいました。
小林長老の祈りをもって会ははじまりました。持ち寄りの豊かな料理に心も身体も満たされ、歓談のひととき。そして、それぞれの近況・一言が述べられました。多くの方々が、洗礼のことから、自分自身の信仰の証しを語られました。まさに証しをし合う交わり、その神さまの働いて下さったことの感謝がそのまま励ましになるのが、教会なのだと強く思わされました。
その後、○鈴木姉による美しいライアー演奏(「にじいろの光」)。○深谷ご夫妻によるピアノとバイオリン演奏「おうまれだイェスさまが」「キリストにはかえられません」「さやかに星はきらめき」3曲続けて演奏くださり、その音色が天使の歌のように教会に響く。
浅野牧師への冬のプレゼントが手渡しされ、奏楽者・長老の方々の奉仕を覚えてのプレゼントが教会よりなされました。
歌のプレゼントは続き、○吉田兄・ウクレレ、深谷兄・バイオリンによる「きよしこの夜が」吉田兄による丁寧な解説付きで、皆共に讃美をすることが出来た。
最後には○オリーブの会によって「ああベツレヘムよ」、「ひいらぎかざろう」(女性9名男性2名)が歌われ、皆、笑顔に包まれた。吉田(清)長老の祈りをもって、閉会。
持ち寄り料理は、まさに”2匹の魚と5つのパン”の奇跡が目の前に現れ、食べきれないほどの豊かな食卓となりました。
11月30日、アドヴェント第一主日。
午後1時から、声楽アンサンブル湖音(こと)の方々が、「アフタヌーンコンサート」として、そのお歌のプレゼントを教会にしてくださった。アヴェ・マリア(カッチーニ、グノー、アルカデルトそれぞれ)やミサ曲を驚くべき声量を会堂に響かせて、聴く一人ひとりを喜びに包んでくださった。
湖音の皆様にますますの祝福がありますこと、お祈りいたします。
感謝なアドヴェントの午後でした。
室町講壇に収穫感謝礼拝メッセージ『喜びと感謝』をアップしました。
去る11月23日(日)。一年間いただいたものを思い起こして感謝を献げる収穫感謝礼拝を、多くの兄弟姉妹と守る。
お米、ジャガイモ、柿、サツマイモ、サバ缶、みかん、たまねぎ、チョコレート、コーヒー、麦、点字の絵本、ティッシュ、手帳など、神さまからいただいた恵みのしるしを囲み、礼拝を持った。
献げられた食物は、釜ヶ崎「旅路の里」に送られ、困窮にある兄弟姉妹の糧となりました。神様の恵みに感謝。
吉村造園さんの手によって、教会前のヒマラヤ杉剪定とクリスマス電飾の取付作業が行われた。
アドヴェントの前ですが、クリスマスツリーが点灯される。上京区の「区民誇りの木」である教会の高さ12mのシンボルツリーが、今年も巨大クリスマスツリーとして、道行く人々に救いの到来の近いことを知らせている。主よ、来りませ。

11月9日(主日)礼拝後。
オリーブの会例会で、出エジプト記の15回目の学び。「老賢者」-モーセとしゅうとエトロとの再会の箇所より、家族についての事柄、またイスラエルに良き秩序が与えられたことを学んだ。
モーセのしゅうとエトロは、モーセのところに尋ね、久しぶりの再会を果たす。このことは古き家族(エトロとモーセの息子たち)と新しい家族(イスラエル)とが結び合わされること。モーセがエトロに今までの困難をも含めたすべての出エジプトの出来事を伝え、分かち合われたのは祝福のみならず、困難も分かち合われ、深く結びゆくことが出来た(逆に困難が分かち合われない所では家族とはなれない:教会も)。
自分だけが責任を負って疲れ果てるのではなく、むしろ分担の知恵がエトロによって進言され、イスラエルに良き秩序が与えられる。この世の(世俗的)知恵の中にも神は働かれる。
それらを分かち合うことが出来た。
申し訳ありません。
ソフトの不具合で、もう一度「ワードプレス」をインストールしなおしましたので、今までのデータは消去されました。
これからまた、積み上げてまいりますので、よろしくお願いいたします。